8/3 相反する2つの選択肢

今日は月齢が2です。

“聖なる掟”が働こうとしている時に、それに介入して邪魔をすれば、助けを受けることはできません。私が言いたいのは、あなたは自分で自分をうまく調整して治すことは出来ないということです。しようとしても、それはただ意識を細分化させるだけです。

自分の考えをよく眺めてみれば、自分の一部はある結果を望んでいるのに、別の一部は違う結果を望んでいることがわかるでしょう。どちらかを選ばねばならないと感じると、葛藤が起きて、気分が重くなります。

マインドが葛藤状態にあれば、2つの相反する選択肢のどちらを選んでも、葛藤状態から抜け出すことは出来ません。葛藤がさらに重苦しいものになるだけです。

どちらの状態をも受け入れることによって、葛藤から抜けられます。言い換えれば、ポジティブな考え、ネガティブな考えの両方を、どちらが上だとの順列をつけずに受け入れるのです。これは愛の行為です。

愛はいつでも、いかなる二極性をも超越します。愛は決してどちらかに与しません。両方の側面を受け入れます。

でもあなたには、正しいこと、間違ったことは、きちんと選択せねばならないと信じているでしょう。

しかし、何が正しく、何が間違ってるかを決定できる人が世の中に居るでしょうか。自分には分かっていると思う時、あなたは真理の糸を見失っています。

ですから、無理に選択をしないでください。何が真実でなにが虚偽かはあなたにはわかりません。一方だけ賛成し、一方を拒否しないでください。両方を受け入れるか、どちらも受け入れないかです。中立的になれば、人生それ自身の姿が見えてきます。

この中立の場所が見いだせなければ、あなたは人生の出来事に自分勝手な意味を押し付けますから、いつでもそこには貧困、処罰と言った側面が現れてきます。だって、あなたは自分の値打ちをしらないのですから。

私の言うことがわかりますか。

自分はここを直さなけれあbならない、というようなところがあったとしても―私はそんなことはないと思いますけれども―あなたには、どうやれば直せるか、わからないのです。あなたが壊れていれば、どうやって自分を直せますか

壊れていないものだけが、その全体性を経験できるのではないでしょうか。

兄弟よ、理解してくだだい。今この瞬間にも、あなたにも、あなたの人生にも、何一つ間違ったことはありません。すべてはあるべき通りにあるのです。今この瞬間に、あなたは完璧に愛されています。

ポール・フェリーニ著『無条件の愛 キリスト意識を鏡として』より

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