8/4 人生の意味とは

今日は月齢が3です。

柔軟性を人生のあらゆるところで発揮することによって、あなたもまた風に身をゆする木のような力強さを発達させることができます。背筋を伸ばして質、この瞬間に根ざしてください。自分の欲しているものを知り、しかし、それらを無理矢理に求めるのではなく、人生の流れが自ずとそれを叶えてくれることを知りなさい。あなたのほしいものを、ある方法でてにいれるということに執着してはなりません。それは不必要な抵抗をもたらします。無理に風邪に逆らおうとした幹は、折れてしまうでしょう。

風とともに動くのです。人生はダンスです。良いものでもなければ、悪いものでもありません。動きであり、持続です。

あなたの選択は簡潔です。ダンスできるか、できないか。ダンスをしないことに決めても、ダンスフロアから追い出されるわけではありません。ダンスはあなたの周りで繰り広げられ続けています。

ダンスは続き、あなたもその一部です。このことには簡潔な神聖さがあります。生きているということの簡潔なありがたみを味わってください。あなたが人生に、それ以上の大きな意味を求めているとしたら、得られずに失望するでしょう。ダンスの他に意味はありません。

あらゆる条件は、無条件という状態に対して開かれています。ただ自分をオープンにして、この瞬間の中にいれば、神の腕の中に抱きとめられるでしょう。しかし、一瞬でも抵抗すれば、自分で作り出した不必要なもつれに絡まってしまいます。

人間は条件付きのリアリティから自由になることは出来ません。なぜなら、条件付きの現実は、人間の意識が創造したものだからです。自分の創造物から逃げようとするのをやめてください。ただ受け入れるのです。あなたの聖性は、完全に人間らしく有ること、自分や他人の欠乏や欲求を完全に受け入れられる体制になることの中にあります。深い哀れみの気持ちは、自分を感情的体験から切り離してしまうのではなく、完全にその体験に参加することによってのみ持つことが出来ます。

わたしキリストはあなた方と同じように、人生のダンスの中へ入っていき、条件づけられた愛から、条件ない愛の経験へと移行してゆきました。愛する兄弟姉妹よ、あなたが感じたり経験したりしたもので、わたしが味あわなかったものはありません。わたしはあらゆる恐怖心を知っています。それらすべてを通り抜けたからです。それから自由になれたのは何か特別な神の摂理があったからではありません。

わたしもあなたと同じ程度のダンサーです。わたしはそこに参加し学びたいと、喜びいさんで願っただけです。わたしがあなたに求めるのもそれだけです。喜びいさんで行ってください。参加してください。ふれ、触れられてください。あらゆるものを感じてください。腕を開いて人生を迎え入れ、人生をハートに触れさせてください。そのためにこそ、みなさんはここにいます。

覚えておきなさい、友よ。たった今この瞬間に、あなたは神の声に耳を澄ませるか、あるいは自分で作り出した心理劇の泥沼にはまり込むかです。たったいま、あなたは幸福になるか、人生のあら捜しをするか、です。自分の思考によく気をつけて、こうたずねなさい。「わたしは今、神の無条件の愛に気がついているだろうか。」

ポール・フェリーニ著『無条件の愛 キリスト意識を鏡として』より

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